石川樹脂工業は、石川県加賀市に拠点を置く老舗の樹脂成形メーカーです。同社は、長年にわたりOEMを中心としたビジネスを展開してきましたが、2020年に新たな挑戦に乗り出します。それが自社食器ブランド「ARAS(エイラス)」の立ち上げでした。
「1000回落としても割れない器」というユニークなコンセプトに加え、長年培ってきた技術力と素材開発力を注ぎ込んだプロダクトは、発売直後からSNSを中心に大きな話題を呼びました。ECを軸とした販売戦略も功を奏して、ARASはこの5年で右肩上がりの成長を遂げ、今や同社の売上を牽引する存在となっています。
急成長を支えてきたのが、Shopifyによって構築された柔軟なEC基盤です。2023年には、さらなる拡張性と運用体制の強化を見据えて、ShopifyのPlusプランへアップグレード。サイト運用の内製化、業務の自動化、B2B取引のEC化などを推進し、少人数体制のまま「攻め」と「守り」を両立した運営体制を築いてきました。
今回は、ARASがShopifyをどう活用し、成果へつなげているのか、同社 専務取締役の石川勤氏、ARAS ブランドマネージャーの水上絵梨香氏に話を伺いました。
【ShopifyのPlusプラン導入による成果】
- 売上が2年で約4倍に成長
- ARAS売上の70%がEC経由を実現
- Meta広告のCV率が約2倍に改善
石川樹脂工業株式会社 専務取締役 石川勤氏、セールス&マーケティング部 主任 水上絵梨香氏、岩永萌恵氏
自社ブランドを立ち上げてOEM依存から脱却
1947年の創業以来、石川樹脂工業は樹脂の成形技術を軸に、食器・雑貨から工業部品、仏具に至るまで、多岐にわたる製品を手がけてきました。OEM事業にも長年取り組み、スターバックスやサイゼリヤといった外食チェーンで使われる業務用食器にも、その技術が生かされています。
しかし、売上はあっても利益が出にくい、そんな万年赤字の体質に長年悩まされてきました。下請け依存の構造、低賃金、外国人実習生頼みの現場体制、デジタル化の遅れといった業界の構造的な課題に加え、地域の人口減少など外的環境の変化も経営を難しくしていたといいます。
そうした状況を踏まえ、2016年に専務取締役として経営に参画した石川氏は、経営再建に向けて本格的な改革に舵を切ります。まずは財務の現状把握とコスト構造の見直しに着手し、社内外との信頼関係を構築しながら、事業の立て直しを図りました。
その過程で石川氏は、「自社ブランドを展開することで、ものづくりの価値を自らの言葉で伝え、持続的な成長を実現できるのではないか」と考えるようになりました。そして、OEM依存からの脱却を決意し、自社ブランドの立ち上げに踏み切ります。
こうして誕生したのが、D2Cブランド「ARAS(エイラス)」です。金沢を拠点に空間や器のクリエイティブを手がける職人集団「secca」と共に、何年にもわたる試行錯誤を経て開発しました。ガラスと樹脂を掛け合わせた独自素材を用い、1000回落としても割れないという圧倒的な耐久性と、洗練されたデザイン性を兼ね備えています。
ARASの立ち上げにあたり、石川氏が重視したのは「自分たちの手で届けること」。当初から顧客に直接販売するD2Cモデルで構想し、小売や卸を介さず、顧客と直接つながる販売チャネルの確立を目指しました。
「小売店や卸業者を通す従来の販売方法では、商品の販売価格に占める中間業者への手数料や流通コストの割合が大きくなります。もちろん、流通業者が担う重要な役割は理解していますが、私たちはその中間コストを削減し、その分を広告宣伝費に充てて自社で直接販売する方が合理的だと判断したのです」(石川氏)
石川樹脂工業株式会社 専務取締役 石川勤氏
ARASがShopifyを「ECの土台」に選んだ理由
ARASのEC展開は、ブランド立ち上げと同じ2020年にスタートしました。販売開始に先立ち、即売会への出展を通じて一定の手応えを感じていた矢先、新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、リアルでの販売機会は一気に制限されることになります。ECを通じた販路の確保は、急務となっていました。
複数のECプラットフォームを検討していた同社は、Shopifyの導入を決断します。その理由の1つは、Meta(Instagram/Facebook)との高い連携力にありました。ARASでは立ち上げ当初からSNS広告を顧客獲得の主軸に据えており、ブランドの世界観や商品の魅力を広く伝えるうえで、広告運用との親和性は極めて重要な判断軸となっていました。実際、静止画から動画広告へのシフトを実現し、Instagram経由の購入が大きく増加しています。
もう1つの決め手は、ノーコードでも構築・運用が可能な柔軟性です。社内に専門のエンジニアがいなくても、必要な機能をアプリで補えるShopifyであれば、限られたリソースの中でもサイト立ち上げから日常の運用までを内製でまかなえると判断したのです。
また、「土屋鞄」などベンチマークしていたブランドがShopifyを活用していたことも後押しになりました。「良いブランドはShopifyを使っている」という確かな信頼感が、最終的な決断につながりました。
こうして2020年春、ARASのECサイトはShopifyで立ち上がり、同年4月にはクラウドファンディングでのプロモーションも実施。リアル販路が限られる状況下でも着実に認知を広げ、ECを主軸としたブランド展開が本格的に動き出しました。
ARAS(エイラス)公式ストア
「Plusプランでしかできなかった」と実感する数々の場面
ARASのEC運営を支えているのは、Shopifyによって構築された柔軟な基盤です。2023年には、さらなる成長フェーズを見据えて、ShopifyのPlusプランにアップグレードしました。
アップグレードにあたり、まだ売上と費用のバランスに迷いもありましたが、石川氏は「売上が伸びたらやるのではなく、伸ばすと決めたからこそ先に動くべき」と判断。結果的に、これが次の飛躍につながる、意志ある一手となりました。
ARASのEC運営チームは、現在も数名という少人数体制を維持しています。それでも、出荷や在庫管理、受注対応など、すべてのオペレーションを効率的に回せているのは、「ShopifyのPlusプランによる柔軟な仕組みのおかげです」と石川氏は言います。実際にPlusプランへのアップグレードによって、以下のような進化が実現しました。
Shopify Plusプランの標準機能・機能拡張
- チェックアウト画面のカスタマイズ:離脱要因となりやすい入力ミスを防ぐUI改善により、コンバージョン率の安定化に貢献。
- 運用アカウントの増加と権限管理の強化:メンバーごとの役割分担と操作権限を明確にし、業務効率とセキュリティを両立。
- ボット購入防止機能:Botによる転売目的などの購入を自動的に検知・排除する仕組みが整備され、ブランド価値の毀損リスクを抑制。
- より豊富で堅牢なShopify API × Google Workspace(GAS):在庫管理・出荷・ギフト対応など、属人的な業務を自動化。
- BtoB取引のEC化:従来FAXや電話で対応していた法人取引を、Shopifyを通じてECサイトから受注可能に。誤入力や対応ミスを抑制し、管理コストを削減。
これらの取り組みにより、ARASは業務の効率化と売上拡大の両立を実現しました。ShopifyのPlusプランへの移行について、同社の水上氏は次のように語ります。
「Plusプランに切り替えてから、『これはPlusプランでしかできなかった』と実感する場面が想像以上に多いです。『攻め』と『守り』の両立ができたのは、Plusプランだからこそだと思います」(水上氏)
ShopifyのPlusプランで仕掛けた「攻めのEC」
ECを立ち上げてからわずか2年で、ARASは売上を約4倍にまで伸ばし、急成長を遂げました。2023年には年商12億円を突破し、2025年には15億円超を見込むまでに規模を拡大しています。
ShopifyのPlusプラン導入以降は、運用体制の整備とデジタル施策の強化を加速させ、現在では、ARAS全体の売上の約7割がShopify経由となり、ECチャネルが事業成長の柱となっています。さらに、Meta広告を活用した獲得効率も約2倍に改善するなど、デジタル施策の成果も着実にあらわれてきました。
【ShopifyのPlusプラン導入による成果】
- 売上が2年で約4倍に成長
- ARASの売上の70%がEC経由
- Meta広告のCV率が約2倍に改善
こうした成果の背景にあるのが、連携のしやすさを活かした「攻めのEC」戦略です。
たとえば、Meta広告との親和性に加え、Google Workspace、Slack、Zendeskなど、社内で日常的に活用している外部ツールともシームレスに統合できることで、業務効率と拡張性の両面で確かな成果を上げてきました。
この「接続性の高さ」は、開発や改善のスピードにも直結しています。特に注目すべきは、ShopifyのAPIの豊富さとオープンな設計が、生成AIとの親和性をも生んでいる点です。ARASでは、エンジニア不在の環境下でもChatGPTなどのAIを活用し、コードの自動生成や実装を内製化することで、日々の改善をスピーディーに進める体制を構築しています。
Shopifyはグローバルに使われているから、さまざまな情報やノウハウがオンライン上に蓄積されています。そこでChatGPTに『こういうことをやりたい』と聞けば、正確な答えが返ってくるのです。API連携も豊富で、アイデアをすぐ試せる環境が整っています。やりたいことをすぐに試して、改善につなげられる柔軟性は、成長過程にあるブランドにとって欠かせません
「伸ばす」と決めたからこそ動いた未来戦略
今後の展望としては、台湾への越境展開に向けた専用ストアの構築をはじめ、B2B機能の拡充やテーマ刷新といったアップデートを意欲的に進めていく計画です。また、Shopifyを活用する他ブランドとの勉強会や情報交換にも継続して参加し、運営体制や顧客体験の磨き上げにも取り組んでいくといいます。
Shopifyは『ビジネスのハブ』として、集客から販売、出荷、分析、サポートまで一貫した運営を支えてくれる存在だと、外部システムとの連携を進めるなかで実感しています。今後はそうした連携をさらに強化し、より大きな売上獲得につなげていきたいのです。地方発のブランドでも、Shopifyがあれば、世界で十分に戦えると感じています
最後に、ShopifyのPlusプランへのアップグレードを検討している企業に向けて、石川氏はこうアドバイスを送ります。
「『売上が伸びたらやる』ではなく、『伸ばすと決めたからやる』。その順序が大事だと考えています。 将来の売上やオペレーションを逆算して、今のうちから必要な仕組みを整えておく。腹をくくって動くことで、成長フェーズにきちんと備えられるはずです」(石川氏)
ブランド立ち上げ年にECの基盤としてShopifyを導入したARAS。投資的にPlusプランに移行する決断が、現在のARASへと導きました。次の一手に迷う多くの企業や、世界を視野に成長を目指すブランドにとって、ARASは大変参考になることでしょう。